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【アラベスク】  第9章 蜜蜂



第2節 水と油 [8]




 廿楽の顔など知らない。緩など、顔を見るだけで不愉快になる存在だ。そんな輩に気を使うなど癪でもあるのだが……
 俺はともかく、美鶴がこれ以上被害を(かぶ)るのは、避けるべきだよな。
 言い聞かせ、もう一度大きく息を吸って、呼吸を整えた。
「緩はたぶん、校内での自分の立場を持ち上げる為に、廿楽華恩にくっついてるんだと思う。生徒会の手先って言うより、廿楽の手先だな。だから、緩が関与しているとしたら、バックは廿楽華恩だと思ってたぶん間違いはない」
「廿楽華恩って、いったい何? 僕はまったく知らないな。そもそもお茶会に招待される道理がよくわからない」
 いや、瑠駆真には、彼女の意図はわかっている。小童谷から聞いた。
 だが、今ここで、それを知っていると口にはしたくない。できるならこの問題は、副会長という役職の人間が持つ矜持の問題だとしてしまいたい。
 自分が他の女性から好意を寄せられ、それによって美鶴に迷惑をかけたなどとは、特に聡には知られたくない。
 例え自分に非がなかったとしても、自分がお茶会への態度を保留したばっかりに美鶴がこのような目にあったのだとすれば、美鶴の自宅謹慎の一原因は自分にもあるという事になる。その上そこに自分への邪恋が絡んでいるとなれば、瑠駆真の立場は一層悪くなる。
 昔の素直な美鶴ならまだしも、すっかり捻くれてしまった今の美鶴なら、「お前のせいでこうなった。どうしてくれる」と(なじ)ってきてもおかしくはない。
 英語の成績を落とした時の態度が脳裏に浮かぶ。
 美鶴は、自分の自宅謹慎の原因を、どこまで知っているのだろうか? どのように理解しているのだろうか?
 今美鶴は、自宅で、自分の事をどのように思っているのだろうか?
 それに、廿楽華恩に思わせぶりな態度でも取ったのではないかと、あらぬ罪を聡に着せられたらたまったものではない。
 一方聡も、自分の知るすべてを口にはしない。必要以上の情報が漏れて、緩や廿楽の怒りを買うような事態は招きたくない。緩が事を撤回してくれれば、それでいいんだから。
「お茶会の趣旨ってのはたぶん、あの小童谷って奴が緩と一緒に最初に駅舎に来た時に言ったのが理由なんだろうよ。海外経験者を集めてのお茶会」
 本当は、それだけじゃないんだろうけどな。
 聡が内心で舌を打つのに気付くはずもなく、ツバサが強く頷く。
「つまり、自分の開くお茶会への出席を拒まれた副会長が、プライドを傷つけられたと思って―――」
 そこで一同、大きく息を吐く。
「ずいぶんな話だよな」
「そんな計画を立ててんだね。生徒会は」
「金本の言う事が正しければ、生徒会って言うより、主催は廿楽先輩だ。それにしてもずいぶんと突飛な催しだよな。副会長が紅茶好きだなんてのも、俺は知らなかったぜ」
 後頭部で両手を組むコウに、聡が苦笑する。答えるのはツバサ。
「私は聞いたことあるよ。副会長は紅茶の収集が趣味だって聞いたことがある。珍しい茶葉を贈ったら喜ばれたって、クラスの子が話してるのを聞いたことがあるもん」
大方(おおかた)、己の趣味をご自慢するためのお茶会なんだろうよ」
 聡は大仰に両手を広げ
「っんで、校内の海外居住経験者に声をかけたところ、お前が態度を保留した」
「プライド傷つけられたってワケか」
「それで美鶴?」
「そこまでいくと、もはや権力者の我が侭って奴か? 私に逆らうとどうなるか見てなさいってカンジなんだろうな」
「滅茶苦茶だな」
「メチャクチャって言うより、美鶴は無関係よね。可哀想」
 心底同情するような表情をツバサが浮かべた時だった。
 スカートのポケットで携帯のバイブ音。取り出してぼんやりと画面を眺め、だが途端に瞳を見開いて通話ボタンを押す。
「もしもしっ」
 声の上擦る彼女の態度に、呆気に取られる三少年。だが次の言葉に、うち二人の表情が(いき)り立つ。
「もしもし? 美鶴?」
「美鶴?」
「美鶴なのかっ!」
 飛びつかんばかりの二人から携帯を守るようにツバサは背を丸め、携帯を当てていない耳を掌で押さえて電話の向こうに集中する。
「え? 何?」
 美鶴の声を聞き取ろうと、聡と瑠駆真がツバサに身を寄せ顔を寄せ。コウの額に軽く青筋がピキッと浮くが、この際かまっちゃいられない。
「ごめん。別に脅すつもりなんて」
 脅す?
「あぁ ごめん。怒らせたなら謝るよ」
 怒らせた?
 ツバサの言葉は理解不能。いったいこの二人、どんな会話をしているんだ?







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